Antique line
Vol.5 Season Story (2009-10a/w)

Hide in Forest
-隠れ森-


ここからずっと遠くの
もっともっと 遠いところから また遠く
草原ふたつと 小さな森ひとつと 大きな森ふたつ抜け
橋がかけられないほどに大きくて 澄み渡った湖をとおりすぎた先に
昼も霧に覆われた 深い深い森があった。

ある夜 大地を駆ける足音と共に
何かが森の中に 飛び込んできた。
それはひどく汚れ 埃だらけで
人々が目をそむけるほどに 醜いものだった。

あたりを警戒し 緩やかな月明かりさえ避けて
暗闇に身を潜めると それは 雷にうたれたかのように
硬直し 動かなかった。

ただ その心臓は 早鐘のごとく鼓動し 外へも漏れんばかりに響き
息は上がり ひっきりなしに 白い息を闇に混ぜ込んでいた。

しん とした森には その 息遣いだけが ひびく。


月がふたつ分傾いた頃 あたりに誰もいないことに 安心したのか
暗闇から 鉛色に静まり返った湖に近づき そっと腕を浸した。

水面には小さな波紋が広がり 泥と埃に汚れた細い腕を ゆらゆらと洗った。
それは月に照らされ まるで 湖に沈む白い陶器のようだった。

そして 人目を避けるために身に着けていた 汚れた革のローブを脱ぎ捨てると
他の誰とも比べることのできない 美しい少女が 姿をあらわした。

その瞳は澄み渡り まなざしは柔らかく 穏やかで憂いをたたえ
白い肌は暗闇に浮かぶようで 一種の崇高ささえもたたえていた。

静かな湖はますます沈黙を深くし 絶え間なく照らしている月の光も厳かに
深い森は その美しさに 見惚れた。

誰もが 美しいものが 醜いものの下に隠れているとは
気がつかなかったのだ。


そんな 穏やかな沈黙につつまれていた ちょうどその時
細く響く猟犬の遠吠えが 端から凍り始めていた湖を
吹き抜けてきた風にのって かすかに少女の耳に届いた。
少女は はっと息を呑み 視線を湖の遥か遠くへやりながら
すばやく立ち上がった。

そして 枝から森をひとつ取ると

「森よ森。私を隠しておくれ。」

と、ささやいた。


森はこたえた。

「あなたの機が熟すまで。」


少女は その身に 森を纏った。
森は つつむように 少女を隠した。

猟犬の遠吠えが、長く響いてきた。
風は湖にさざなみを立て ざわざわと木々を揺らし
月の光は穏やかに森を照らした。

森は なにも無かったかのように
いつもの 静寂についていた。


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